バーレーンの空港
空港から市内へはタクシーの他、路線バスでも移動可能だ。ターミナルを出て右側に歩くと乗り場がある。A1はマナーマ方面へA2はムハッラクを経由してマナーマ方面へ行く。一乗車あたり三〇〇Fils。GOCardというICカードもあるが空港では入手できなかった。
私が訪問した場所を順に記載していく。
[バーレーン・フォート]
バーレーン・フォート
空港からA2バスでシーフモールの近くへ行き、歩いて約二.五キロ。海沿いにポルトガル統治時代の砦が残る。アーチの一部がモスクのドームの形に似せられてあり、イスラムの影響を受けている。
遺跡とマナーマの高層ビル群
この辺りには紀元前二千年より前にディルムン人が住んでいてメソポタミアやインダスと交易をしていたのではないかと言われている。遺跡より砦の方がわかりやすくて観光客は呼べそうなのはわかるがディルムン遺跡見たかった。
[シーフモール]
シーフモールのイスラムテイストな外観
地球の某というガイドブックにも記載のある立派なショッピングモール。建物の所々にはイスラムっぽいテイストが施されていた。内部は近代的ショッピングモール。子供用に仮設のスケートリンク、滑り台などが稼働していた。
遊具で遊ぶ子供たちと外で見守る親たち
[シャイク・イサ・ビン・アリ・ハウス]
シーフモールからA2バスでマナーマバスターミナルまで行きA1に乗り換えムハッラクバスターミナルへ。そこから二キロ弱歩く。
住民居住区の手の込んだ彫刻がある建物
入場料一ディナール。元々は首長の家だったそうで内部は四つのエリアに分かれていて住人の住むスペースには幾何学模様が散りばめられた壁など豪奢な感じのする場所があれば、使用人や客人用スペースはシンプル。二階建てで階段を使い上降可能だ。
ウインドタワーの下は風が入ってきて涼しかった。
[ベイト・シャディ]
ベイト・シャディにある見事な文様の窓
シャイク・イサ・ビン・アリ・ハウスから歩いてすぐ。訪問時、入場できなかった。真珠採取、島の経済を物語るものの構成遺産として世界遺産に登録されている。外見を見るだけだが茶色い建物の所々に細かい細工が施されていた。
[ブー・マーヒル砦]
ブー・マーヒル砦近くの海岸
歩いて行ったが現在沿岸警備隊の敷地内にあり、中には入れず。どっと疲れた。
近くに船が停泊している場所があり、カップルがいて彼氏がスマホで彼女の写真を延々撮り続けていた。良く飽きねーな。
[国立博物館]
国立博物館入口
ムハッラクバスターミナルから片道二.三キロを往復で歩く。バスは近くを通るが停まらないらしい。
サウジアラビア10リアル札。バーレーンでは1ディナールとして使える
入場料一ディナール。五ディナール札で払ったらお釣りの中にサウジアラビアリアルが含まれていた。一〇リアル=一ディナールとして扱われるそうだ。(実際に街中で使ってみたら問題なく使えた)
ディルムン文化、アレキサンダーの時代、イスラム時代と大きく三つの時代に別れているようだった。ちなみにバーレーンはアレキサンダーの支配下には入っていない。
ディルムン中期(BC1600-1300)の集団埋葬墓地の展示
見所はディルムン文化の時代によって変わる埋葬方式の展示だ。バーレーンにはかなりの数の古墳が残っているそうで街中に共存する姿の写真があり実物を見たかった。最初は個人で埋葬し、古墳が大きくなり、次第に何人か共同で埋葬されるように何数千年もかけて変わっていったようだ。
土器は文様が派手なものからシンプルなものに変わっていくのは世界共通で面白いところ。
バーレーンの歴史を知るには良い場所。オススメです。
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ライトアップされたムハッラクのメイン通りシェイク・ムハド通り
国立博物館を出ると既に夜。ムハッラクまで戻り、ライトアップされたシェイク・ハマド通りを歩く。雑貨、服、菓子などの店が並んでいる。アバヤで顔まで隠した黒い格好の女性に白と赤の布を黒い輪で頭に付けて白いアラブ服を着た人の他、洋服を着たインド人も多い。車はトヨタ、日産、スズキなど日本車が半分以上走っているように見えた。
アザーンの流れる世界
魚のビリヤニを夕食にしてA1バスで空港へ戻る。バスターミナルでバスを待つ間に近くのモスク数カ所からアザーンが流れてきた。開始タイミングがずれて全く調和が取れていないがイスラム圏に来たのだなと改めて思った。
首都のマナーマは高層ビルや近代的なショッピングセンターの建つ近代的な町、ムハッラクには高層ビルはなく古い下町という趣。橋一本渡ると雰囲気が変わるのでおもしろいものだ。
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