投稿

9月, 2019の投稿を表示しています

ネパール旅行記概要

イメージ
2019年9月に八日間ネパールを旅した。ネパールを訪問するのは初めて。インドを訪問した際、お前はネパーリーかと何度も言われたのでインドと似たような国なのかなと思っていたが地域によって全くことなることがわかったのは収穫。 航空券が安かったので中国国際航空を使った。往路も復路も成都に一泊ずつする必要があるためその時ことも含めて記載している。 ざっくりとした旅程は以下の通り。 成田→[中国]成都→[ネパール]カトマンドゥ→ポカラ→ルンビニ(タウリハウ)→ナラヤンガート(デヴガート)→カトマンドゥ(パタン、バクタプル、チャング・ナラヤン)→[中国]成都→成田 この旅の旅程  @OpenStreet Map 以下、この旅の出来事を記載している。 中国国際航空CA460で成田から成都へ 成都双流空港で中国へ入国する 地下鉄で成都空港から市内へ 成都で宿泊した宿(Holly's Hostel) 早朝に市内から成都双流空港へ地下鉄で向かう 中国国際航空CA437便で成都からカトマンズ(カトマンドゥ)へ 成都双流空港にある中国国際航空のビジネスクラスラウンジ カトマンズの空港でネパールに入国する カトマンズの空港で現地通貨を入手する カトマンズの空港でSIMを入手する カトマンズの空港から路線バスでニューバスパークへ カトマンズのニューバスパークからポカラへツーリストバスで移動 ポカラのオールドバスパークからレイクサイド(ハランチョーク)までバス移動 ポカラで泊まった宿(Pokhara Youth Hostel) ポカラのレイクサイドからサランコットへ日帰りトレッキング ポカラのレイクサイドを散策 ツーリストバスでポカラからルンビニヘ ルンビニで韓国寺に宿泊する ルンビニからシャカ族の都カピラバストゥだったと伝わるティラウラコット遺跡を訪問 仏教の聖地ルンビニを散策 ルンビニからバイラワへローカルバスで移動 バイラワからナラヤンガート(バラトプル)ヘローカルバスで移動する ナラヤンガートで宿探し ナラヤンガートからデヴガートへ ナラヤンガートからカトマンドゥ(カトマンズ)へ カトマンドゥで泊ったホテル(Hotel Sugat) カトマンドゥを一望できるスワヤンブナートへ 世界遺...

バーリ駅からバーリ港への移動

イメージ
二〇一九年五月にバーリ駅からバーリ港へ移動した。バーリ港へはアルバニア行きのフェリーに乗るのが目的。この記事では行き方について記載する。 バーリのフェリーターミナル 安く行く方法としてはバスか、歩きがある。調べてみると駅から港へは二キロ弱とそんなに遠くない。そのため私は歩いて移動した。 白い石でできた建物が並ぶバーリ旧市街 駅前から一直線に伸びる左右が商店で賑わっている道をずっと歩くと石造りの旧市街に出る。この旧市街、かなり綺麗で驚いた。(バーリに来る前に滞在していたナポリが汚すぎた!?) カテドラルや砦の近くを通ればもうすぐだ。駅からの道のりは平坦で荷物が多くなければ歩くのはありだと思う。 港に到着してもチケットの入手には更にもうひと手間かかるのだがそれは別の記事で記載する。 バーリ駅前にある市内バスターミナル 公共交通機関を使うのであればバスが使える。駅の正面口を出て左前にバスだまりがある。フェリーターミナルへは五〇番のバスで行ける。隣接して建物があるがチケット売場が閉まっていた。チケットは近くのタバコ屋で買えるようだ。運賃は1回券が1ユーロ。九〇分乗り放題券が一.二〇ユーロだった。 イタリアからブルガリアまでの旅行記 目次

ナポリからバーリへバスで移動

イメージ
二〇一九年五月にナポリからアドリア海に面する港町バーリへバスで移動した。チケットの買い方、バスの乗り方など記載している。 ナポリ中央駅そばにあるバスターミナル ナポリ中央駅をプラットフォームを背にして左から出るとバスターミナルの標識がある。標識に従い左に進むと島が一つだけあるバスの発着場に出る。 ナポリ中央駅そばにあるバスターミナルのチケット売り場 隣接した建物にチケット売場があり、ここでチケットを購入した。出発の二日前で一三ユーロ。出発時間によって運賃が異なっていた。 A4の普通紙に印刷されたチケットが発行される チケットには時間や行き先の他、バス会社、バス番号、座席番号も書かれている。鳥の横顔がシンボルのマリーノバスが運行するようだ。 バーリ行きのマリーノバス そして移動当日。出発の二〇分前にバスターミナルに到着し、座って待っていると出発側のプラットフォームに赤いバスが一台やってきた。正面の電光掲示板にはチケットのバス番号とBariの文字が。どうやらこのバスのようだ。 運転手にチケットを見せると少し待てというジェスチャー。他の客の荷物を積んだらチェックインが始まり、ハンディでチケットのQRコードを読ませて完了だ。 バスの二階の様子 バスは二階建てで七〇人以上乗れる大型のバスだが私を含めて乗客が一〇人もいなかった。乗る方は悠々使えるので良いが運営は大丈夫なのだろうか。 高速道路走行中に車窓より 時間通りにバスは発車する。ナポリ市内を少し走り、高速道路に入る。右側にはヴェスピオ火山が見えたがすぐに見えなくなってしまう。道路は丘陵地帯に入る。車窓からは多くの緑が見える。山間の道では遠くに村が見えて景色がよい。 バスはバーリ駅前に到着する ナポリを出発して二時間四〇分程で高速道路を降りる。ずっと緑が続いていて豊かな土地なんだなと実感。更に一〇分弱走ってバーリ駅の裏手にバスが停車する。バスを降りて行き先表示を見ると、この後行く予定のバーリ港の表示があることに気づく。運転手に聞くと私のチケットはここまでなので港まで行くなら別料金とのこと。じゃあいいやと下車。 そんなこんなで無事にバーリ到着だ。 イタリアからブルガリアまでの旅行記 目次

鉄道でパエストゥムからナポリ中央駅へ

イメージ
二〇一九年四月にパエストゥム(パストゥム)遺跡を訪問した。この記事ではパエストゥム駅からナポリ中央駅まで鉄道で帰った際の記録として切符の買い方、時刻表の確認方法、電車の乗り方、ナポリまでの時間などについて記載している。 パエストゥム駅の駅舎 パエストゥム駅は小さい駅舎の無人駅だ。一台だけ券売機があり、それで切符を購入する。 券売機の画面にはFrom、To、時間、運賃、列車種別と番号が表示される トレタニアの券売機は出発時刻から到着時刻の他、乗り継ぎが必要であればその時間も含めて表示してくれるのでどの電車に乗れば良いかわかりやすい。支払いは現金だけでなくクレジットカードも利用できた。列車の時刻表は駅の壁に記載があるのでそちらで確認もできる。 パエストゥムからナポリ中央駅までは一番安いRegionaleで六.五〇ユーロで乗り換えなしで約七五分の乗車時間だ。 駅内にある検札機 切符を購入したら駅の入口にある検札機に通して時刻を刻印すること。こうしておかないと車掌から検札を受けた際に罰金を受ける可能性があるので注意。買った切符と比較して入れる穴の幅が広いが左側に寄せて通す点に注意。 少し遅れて電車がやってきた パエストゥム駅には行先ごとに離れてホームが二つありその間を鉄路が二組走っている。駅の周りは畑や山、二~三階建ての背の低い建物だけでのどかだ。 ナポリ中央駅行の電車内は空いていた 電車内はボックス席の座席が並んでいる。私の乗った車両はガラガラだった。車窓の外には長閑な風景が広がる。 終点のナポリ中央駅が近づくと前の車両から騒がしい男女がやってきて更に後ろの車両に移っていった。何だろうと思っていたら車掌が来て切符の確認をしていった。恐らくさっきの二人は不正乗車だったんだろうな。 時刻通りにナポリ中央駅に到着 電車は定刻通りにナポリ中央駅に到着した。戻ったのは一九時過ぎ。外はまだ明るい。ナポリ中央駅から外へ出る際は切符の確認はない。そのまま外に出て問題ない。 イタリアからブルガリアまでの旅行記 目次

パエストゥム遺跡を散策

イメージ
二〇一九年四月にナポリからポンペイ遺跡を経由しパエストゥム遺跡を訪問した。パエストゥムは元々ポセイドニアと呼ばれ紀元前六世紀にギリシア人の植民都市として創建され、途中ローマ人の町となり三世紀に滅んだ。この記事ではパエストゥムの駅から遺跡入口までの移動と遺跡について記載する。 駅から遺跡へ伸びる一本道 パエストゥムの駅は無人駅だが時刻表や自動販売機があるのでナポリへ戻る電車の時間を確認するのをお勧めする。確認した結果、そこそこ本数があるので数時間は滞在できそうだ。外に出ると何もなくてびっくり。遺跡へは駅からまっすぐ伸びる一本道を一〇分弱歩くとT字路に突き当たり正面には遺跡が広がっている。 パエストゥム遺跡の博物館 T字路を右方面に進むと博物館があり、そこで遺跡の入場券を購入できる。博物館と遺跡で一二ユーロ。クレジットカード払い可能だった。博物館に向かう途中や周辺には土産物屋や食べ物屋が軒を並べ、観光客で賑わっている。 有名らしい棺の上に描かれている飛びこむ男の絵 博物館には遺跡の出土品が展示されている。土器などの各種道具、神殿に飾られていた飾り、武具などが展示されている。他にこの博物館での見所は内部に絵の描かれた石棺の展示だと思う。馬で畑を耕す姿、戦士が戦う姿、馬の引く古代の戦車の姿、踊る女性の姿などが描かれ往時の人々の生活に思いを巡らすことができる。 パエストゥム遺跡に残るケレス神殿 博物館近くの入口から入ると右側に擬石足木のどっしりとした柱が並んだケレス神殿が見える。紀元前六世紀ごろに建てられたそうだが保存状態も良好!テンションが上がる。 ネプチューン神殿の内部 パエストゥムには状態の良いギリシア神殿が他に二つもある!三つの中で最も大きいのはネプチューン神殿だ。近年の調査によると実際は医療を司るアポロ神殿だったようだ。 神殿と神殿の間は町の中心部だった 遺跡の南北の端に神殿があり、その間に旧市街地の瓦礫が広がっている。赤い色の帽子をかぶった高齢の団体客、家族連れ、若いカップルなど遺跡を訪問する人はそれなりにいたが広いので混雑している感じはしない。 ギリシア植民時代の集会場跡 ギリシア人が統治していた時代に造られた集会場の跡が残っている。ローマ人の侵略を受けた後に集会場は壊されてローマの豊穣の女神...