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ケアンズ旅行記(2024年11月)

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 2024年11月に2泊5日でケアンズを訪問した。オーストラリアはいつでも行けると思っていて若い頃は全く興味がなかったが週末プラス1日休みで手頃に行ける海外を調べていたらジェットスターの航空券を見つけてそろそろ行っても良いかと行くことに。  狭くて歩くのに丁度よいケアンズの街、グレートバリアリーフに近いグリーン島への船旅、熱帯雨林の上を走るスカイレールに見所の多いキュランダ高原鉄道など短期間だったが楽しめた。海外一人旅で初めて都市移動をしない旅だったので物足りなさはあるがオーストラリアで都市移動始めたら時間がいくらあっても足りないから仕方ないか。  ケアンズは街を歩けば日本語が聞こえてきて今まで旅した場所よりも日本人に遭う確率が高い。これは実際に滞在している人が多いのと町が狭いから遭遇の可能性が高くなるってことなのだろう。普段日本人とはめったに会わないので不思議な気分だった。 旅程は以下の通り Day1: 夜に成田発 Day2: →ケアンズ(グリーン島日帰り) Day3: ケアンズ(キュランダ日帰り) Day4: ケアンズ→関空 Day5: 関空→成田 訪問した世界遺産 グレート・バリア・リーフ(グリーン島行っただけで訪問したことになるなら) クイーンズランドの湿潤熱帯地域

山形旅行記(2024年10月)

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 2024年10月に有休を1日取って土日月で山形県の内陸部を旅した。そもそも山形に行くことになったのはJRE Bankの特典のどこかにビューーン!の2000ポイント割引券を使いたくて申し込んだらたまたま米沢になったのが目的地決定の経緯。米沢でレンタカーを借りて北は新庄まで重要文化財(建造物)を訪問する旅。 多くの名刹・古刹、奥の細道で芭蕉が句を詠んだ場所を訪れ、趣のある明治以降の洋風建築、平安時代に建てられたずんぐりむっくりとした鳥居、江戸の庄屋住宅の外見を持ち中身は明治の金持ちの古民家などなど印象深い場所を多く訪れることができた。山形牛も食べたしだいぶ山形を楽しめた。山形いいとこです。 ルートは以下の通り。 Day1: 東京→米沢(仕事を終えてそのまま前入り) Day2: 米沢→新庄→天童 Day3: 天童→山形→蔵王→米沢 Day4: 米沢→東京 訪問した重要文化財(建造物) 観音寺観音堂 佐竹家住宅 旧柏倉家住宅 月山神社出羽神社湯殿山神社摂社月山出羽湯殿山三神社社殿 本山慈恩寺 旧有路家住宅 旧矢作家住宅 八幡神社 若松寺観音堂 立石寺 旧山形師範学校本館 山形県旧県庁舎及び県会議事堂 旧済生館本館 鳥居 八幡神社鳥居 旧松應寺観音堂 旧山形高等学校校舎

バングラデシュ旅行記概要(2024年9月)

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 2024年9月に10日間バングラデシュを旅した。訪問を決めた理由はシルバーウィークの1週間強で時間を持て余さない且つ未訪問の国だったから。久しぶりにビーマンに乗るものいいなと考えた。航空券を買った後、8月上旬に長期政権が学生デモで倒れ警察が機能不全になり、9月は雨期の終盤でどこどこが洪水だというニュースを何度か見て本当に行って大丈夫なのかと思いつつ訪問。運が良かったのか特に大きな問題がなく旅を終えることができた。  安い物価にホスピタリティの高い国民性(時にうざい)、古代の仏教遺跡、イスラム化間もない頃のモスクなど旅するには良い国だと思う。  バングラデシュとはベンガル人の国の意味。歴史的な経緯より隣国インドのコルカタに多く住んでいるのはベンガル人だがコルカタとも違って興味深かった。  ルートは以下の通り。 Day1: 成田→ダッカ Day2: ダッカ→クルナ Day3: クルナ→バゲルハット→クルナ Day4: クルナ→ジョイプールハット Day5: ジョイプールハット→パハルプール→ジョイプールハット→ボグラ Day6: ボグラ→モハスタン→ロンプール Day7: ロンプール Day8: ロンプール→ダッカ Day9: ダッカ Day10: ダッカ→成田 訪問した世界遺産 バゲルハットのモスク都市 パハルプールの仏教寺院遺跡群 シュンドルボンにも行こうと思ったが雨期だったので断念、、、

サイパン旅行記概要(2024年8月)

  2024年8月から9月にかけてサイパンを4泊5日で旅した。目的は今年目覚めた太平洋戦争の旧跡巡り。太平洋に広範囲に広がっているがまずは成田から直行便のあるお手軽なサイパンに行くことに。 サイパンはコロナを経て、円安の影響で日本人観光客が戻らず韓国人の方が多いそうだ。最大の町ガラパンでは空き店舗が目立ち、ランドマークとして存在していた高級ホテルのフィエスタリゾートはクラウンプラザに代わり、ハイアットは閉鎖されていた。 南洋諸島の開発を国策として主導した南洋興発の残骸や戦争の史跡など心が重くなる場所が多かったが自分の足で訪問できたのは良い経験になった。これからも太平洋諸島は訪問を続けたいと思う。 サイパンと同じく戦跡の多いテニアンは未訪問なのでいつかまた来てもいいかもしれない。 ルートは以下の通り Day1: 成田→サイパン(チャランキア) Day2: チャランキア、チャランカノア ※リモートワーク Day3: チャランキア→ガラパンへ移動し自転車で北部の史跡を巡る Day4: ガラパンから徒歩でサイパン最高峰のタポチョ山登山 Day5: サイパン(ガラパン)→成田 訪問した世界遺産 なし 旅行記 成田からサイパンへ サイパンに残る南洋興発の遺構 サイパンに残る太平洋戦争の爪痕 サイパン最大の町ガラパンとその周辺 サイパンから成田へ

2024年夏の北海道旅行概要

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 2024年7月に海の日の三連休で北海道に行ってきた。2月にANAマイルの期限が切れる前に特典航空券で飛行機を予約し何だかんだで5か月が経ちやっと旅立ち。 何度も北海道を訪問しているが7月に行くのは初めて。今回は札幌から比較的近い重要文化財(建造物)を訪問するのと有名な富良野のラベンダーを目的に訪問した。重要文化財巡りでウィスキー工場見学、江戸時代のアイヌとの交易、明治期に最盛期を迎えたニシン漁、石炭積み出しで栄えた小樽の歴史、開拓時代の北海道の雰囲気がわかる北海道開拓村すげーってのが印象に残る。富良野はラベンダーだけでなく様々な色の花々が綺麗で美瑛の丘サイクリングは気持ちが良かった。夏の北海道はいいね。 ルートは以下の通り Day1:東京→新千歳→小樽(仕事帰りに小樽まで) Day2:小樽→余市→小樽→札幌→美瑛(小樽周辺は鉄道で札幌から美瑛はレンタカー) Day3:美瑛→富良野→旭川 Day4:旭川→小平→増毛→札幌→新千歳→東京 訪問した重要文化財(建造物) ニッカウヰスキー余市蒸溜所施設 旧下ヨイチ運上家 旧手宮鉄道施設 旧日本郵船株式会社小樽支店 旧三井銀行小樽支店 旧旭川偕行社 旧花田家番屋 旧本間家住宅 旧開拓使工業局庁舎

韓国旅行記概要(2024年5月)

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 2024年5月から6月にかけて韓国を4泊5日で旅した。2月に訪問して全然まわり切れなかった&新羅は見たので今度は百済だということで百済の旧跡を訪問することに。前回は春節で痛い目にあったが今回は順調な旅だった。 今回訪問した百済の旧跡のある公州、扶余は田舎町、益山は地方の町といった趣。百済時代は歴史の先端を行く町だったはずだが現在はのんびりとした印象。 仏像が好きで期待して行ったのだが状態の悪い石仏か数十センチのブロンズ像しかなく非常に残念。法隆寺の百済観音のような手が長くてひょろっとした木造仏を期待していたのだが禁教期に破壊されてしまったのだろう。 ソウルでは春節で閉まっていた場所にリベンジを果たすなど非常にすっきりした気分になった。けれどまだ行きたい場所はあるからまたいつか再訪予定。 ルートは以下の通り Day1: 成田→仁川→ソウル Day2: ソウル→公州 Day3: 公州→益山 Day4: 益山→扶余→ソウル Day5: ソウル→江華島→仁川→成田 訪問した世界遺産 高敞、和順、江華の支石墓群跡 朝鮮王朝の王墓群 百済歴史地域

モンゴル旅行記概要

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 2024年のゴールデンウィークにモンゴルを旅した。中国での乗り継ぎを含めて旅程は10日間(モンゴルだけだと8日間)。未訪問だったのと価格が手頃な航空券があったので初めて訪問することに。 モンゴル行くなら馬乗るかと約20年ぶり3回目の乗馬ツアーに参加し5月の朝晩の寒さに震え、渋滞の激しい大都会ウランバートルを散策し、公共バスでモンゴル帝国の古都カラコルムがあったハラホリンを訪問し野原の広がる地方都市を見た。 ゴールデンウィーク期間はまだ春で草原の草の色が褪せていた。6月下旬以降は草原が青々とするそうだ。 今回の旅の日程は以下の通り。 Day1:成田→北京 Day2:北京→ウランバートル Day3,Day4:テント泊乗馬ツアー Day5:ウランバートル→ハラホリン Day6:ハラホリン Day7:ハラホリン→ウランバートル Day8:ウランバートル Day9:ウランバートル→北京 Day10:北京→成田 モンゴルでの移動の軌跡。今回は珍しくほとんど移動していない。 訪問した世界遺産 オルホン渓谷文化的景観

新羅の中心地だった慶州へ

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 この記事では2024年2月に慶州を訪問した際のことを記載する。慶州で訪問した観光地、宿泊した宿などについて記載している。 私が乗った金海から出発したバスは慶州の市外バスターミナルに到着した。慶州にバスで来る場合は私と同じ市外ターミナルに到着すると思う。鉄道の場合は中心地から少し離れた新慶州駅に到着する。中心部にある慶州駅は既に使われていないので注意が必要だ。Googleマップだとまだ運行しているように表示されるので注意が必要。韓国だとGoogleマップはそもそも使えないので注意。 私が到着した日は旧正月期間でレストランがどこも閉まっていて夕食を食べるのに結構歩き回る必要があった。開いている中華料理店を見つけられたのは運が良かったと思う。 ちなみに2025年のAPACは慶州で開催のようで慶州駅前にAPAC2025のオブジェがあってそこそこアピールしていた。 [慶州観光] ・大陵苑 新羅王族の古墳群が公園になっている。入場無料。古墳はどれも円墳で形は似ているがサイズが違う。円墳が重なって山が二つになっているものもある。韓服のレンタルを近くでやっているのか韓服を着て歩いている人がちらほら。慶州市街から歩いて行ける 慶州歴史地区で見かけたスタバ ・瞻星台 大陵苑を南から出て少し歩くと別の公園に入って少し歩くと到着する。入場無料。新羅時代に建てられた天文台とされているが実際の用途は不明。旧正月の時期に訪問したので近くの広場では大勢の親子連れが凧揚げをしていた。大陵苑と瞻星台の間は小洒落た通りになっていて韓国風の建物に入ったスタバとセブンイレブンを見かけた ・国立慶州博物館 慶州市街から数キロ離れた場所にある。11番などの市内バスが近くに停まる。内容は充実しているが入場無料とかなりお得。日本語の館内案内あり。敷地内には建物がいくつかありテーマに沿った展示がされている。古代から新羅の終焉の10世紀頃までの土器、土偶、武器、金細工、仏具などが展示されていた。 見事な金細工を見ていると7世紀ごろは朝鮮半島の方が日本より文化的に進んでいたんだなと改めて思った。残念だったのは仏像が銅製や石仏しかなかったこと。新羅は百済、高句麗と比べて仏教を受け入れるのが遅くなったとは言え日本にない素晴らしい仏像が見られると思ったのだが廃仏をしていた影響なのだろうが非常に残念。 仏国寺の山門 ・...

伽耶の古墳が残る金海を散策

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 この記事では2024年2月に韓国の金海を訪問した時のことを記載する。具体的には釜山の空港からどう移動するか、古墳群の感想、金海バスターミナルについて書いている。 金海は釜山に隣接した市で2023年に新たに世界遺産に指定された伽倻古墳群の構成遺産になっている首露王陵は金海にある。ちなみに釜山の空港は金海国際空港だがオープン当初は金海市に所属していたが色々あって釜山に編入されて現在は金海市にない。 私は荷物が少ないので成田から釜山空港に到着した足でライトレール(軽電鉄)で博物館駅に移動した。(現金で1600ウォン) ・国立金海博物館 土曜日なのに行ったら閉まっていた。休みは月曜のはずなのだが。後で気付いたのだが思いっきり旧正月に被っていたのが閉まっていた理由だと思う。残念 首露王妃陵 ・首露王妃陵 博物館の裏手にある山の公園を中途半端な道案内に従い少し迷いながら進むと瓦葺の低い建物が数棟ある開けた場所に到着する。 亀首門と札がかかる門をくぐりまっすぐ進むと円墳がある。これが古墳のようだ。柵で囲われていてすぐ近くまで行くことはできない。形はシンプルな円墳で高さ、幅共に数メートルしかなく小さい印象。 陵の敷地は芝が植えられ石畳の道が整備されている。内部の案内板はハングルのみでよくわからなかった。正面入り口にはハングル、英語の他に日本語でも説明があった。 首露王陵入口 ・首露王陵 首露王妃陵から南下して徒歩10分強で到着する。周囲は壁に囲まれていて南側に入口がある。入口の近くや内部には神社の鳥居のような紅箭門が立っている(写真参照) 紅箭門は社、墓、書堂(儒教の学校)などの前に置かれるものらしい。儒教とつながりが強いようなので神社の鳥居とは近いけど同じではなさそうだ。 王妃陵と同じように芝が植えられ石畳の道が敷かれて整備されている。王妃陵よりも敷地内に建物が多くより規模が大きくなっている印象。 陵は王妃陵と同じく円墳で規模は気持ち少し大きいくらいの印象。こちらは低い壁に囲われていて間近まで行くことはできない。壁と陵の間に動物や人間の石像が置かれていたのが違う点か。 ・鳳凰洞遺跡 首露王陵駅の南東に広い公園がある。もともと遺跡で整備して公園にしたようだ。山になっている場所と川側の低地で分かれていて低地には高床式の建物の復元したものが数棟建っていた。 金海の滞在時間は1...

成田からエアプサンで釜山へ

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 この記事では2024年2月に成田空港から韓国の釜山(金海)空港まで移動した時のことを記載します。チェックインから出国手続き、機内の様子、韓国の入国手続き、空港での現金入手方法、ライトレール(軽電鉄)に乗る方法など掲載。 1月にヨーロッパ旅から帰ってきて2月に3連休があることに気付きGoogleフライトでいい航空券ないかなと探していて見つけたのが行きが成田→釜山、帰りが仁川→羽田のフライトで航空会社は別で往路はエアプサンで復路はPeachで各社の公式ページで個別に購入するパターンだった。 ちなみに往路のエアプサンは一番安いプランで機内持ち込み荷物が10kgまで預け荷物なし、その他サービスなしで\23,310だった。 公式サイトで購入後、マイページの予約番号から照会で予約が確認できるようになった。私は会員登録しなかったのでこの画面からだったが会員登録している場合はログインしたら確認できるはず。 https://jp.airbusan.com/web/individual/reserve/index 搭乗前日に上記ページからオンラインチェックインできるか試したところ、オンラインチェックインのボタンが表示され手続きは進められるが最終確認のボタンを押してもエラーになり確定できなかった。成田→釜山ではオンラインチェックイン未対応なのだろう。 私が登場するのはBX111で成田発11:05、釜山着13:30の飛行機。9時前に成田空港の第一ターミナルの南ウイングに到着すると既にチェックインが始まっていて釜山行の列には20人ほど並んでいた。列はスムーズに流れて10分ほどでチェックイン完了して搭乗券を入手できた。 5階にあるカードラウンジでビール一缶もらえたので少し休憩して出国手続きへ。荷物検査も自動化ゲートの出国審査もさっと終了。 セブンイレブンでおにぎりと飲み物を購入してから搭乗ゲートへ向かう。 搭乗開始予定時刻が10:40でほぼ同じ時間に搭乗手続きが始まった。 座席は通常のLCCのような窮屈さがなくちょっとびっくり。他の人のBlogを見ていると機材によってシートピッチは違うようなので当たりを引いたか。座席は3-3で左側の通路側席。隣は年配の女性で大きくなくて助かった。 飛び立ってシートベルト着用サインが消えると韓国の入国カードが配られる。申告物がなければ税関カードは記載不...

北部ベトナム(ハノイ・ニンビン・チャンアン・タンホア)旅行記 概要

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2023年10月に3泊5日で北部ベトナム(ハノイ・ニンビン・チャンアン・タンホア)を旅した。この記事はその時の概要・目次を記載している。 旅の概要 コロナ明け初の海外ということで近場で土地勘があって安いベトジェットの航空券が見つかったハノイへ飛ぶことに。 昔と変わらぬバイクの数、のんびりとしたホアンキエム湖周辺の雰囲気など懐かしみ、以前訪問できなかった世界遺産を巡る旅。 ベトナムは治安が良く、物価は安く(昔と比べると上がったが)、ご飯もおいしくて(ブンチャーのうまさに目覚めた)以前と変わらず旅しやすい国だった。 旅程 ルートは以下のようにハノイからニンビン、タンホアと南下してハノイに戻るルート。短期間なので移動は少なめ(普通の人よりは移動が多いと思うが) Day1: 成田→ハノイ(D) Day2: ハノイ→ニンビン(B) (チャンアン) Day3: ニンビン→タンホア(C)→ホー朝の城塞→タンホア Day4: タンホア→ハノイ→ Day5: →成田 訪問した世界遺産 ハノイのタンロン皇城の中心区域 ホー王朝(胡王朝)の城塞 チャンアンの景観複合体 旅行記一覧 成田からハノイへ!ベトジェットで移動・ベトナム入国・空港から市内へ・ホテル情報 ハノイからニンビンへ移動!レンタルサイクルで巡ったチャンアンの観光地・ニンビンの宿 ニンビン からタンホアへ!公共バスでのホー王朝の城塞訪問・タンホアのブンチャー・タンホアの宿 タンホアからハノイへ!タンロン王城遺跡・ハノイ旧市街を散策・市内から空港へ ハノイから成田へ!ベトジェットオンラインチェックイン・ベトジェット搭乗記・成田での日本入国

カタルーニャ・南フランス・北イタリア旅 概要

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2023年12月下旬から24年1月上旬にかけての17日間でバルセロナから陸路で延べ5ヶ国を経由してヴェネチアまで旅した。 ヨーロッパの西側はインフラが整っているのでかなり高齢になってからでも旅できるだろうと後回しにしていたのだが個人的にコロナ明け初の長期旅だったためまずは旅しやすいところで復帰戦ということで選択。 普段はニッチな場所を選ぶことが多いので日本人を見かけることは稀なのだが有名どころを多く巡ったので比較的見かけることが多かった。(話すことはなかったけど) ヨーロッパの町は旧市街は綺麗、インフラが整備されていてバスも鉄道などの公共交通の乗り心地も良い、ただ物価が高いのはさすが西欧だなと。(円安が進んでいるというのがあるが) 三年ぶりだったが海外長期旅(二週間強だが会社員にとっては長期!)はやはり楽しい 今回のルートは以下のマップの通り、スペインのバルセロナをスタートしアンドラ、フランス、モナコを経由してイタリアのベネチアまで 訪問した世界遺産  スペイン バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院 アントニ・ガウディの作品群 タラゴナの考古遺産群  フランス アルビの司教都市 ミディ運河 歴史的城塞都市カルカッソンヌ ニームのメゾン・カレ アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群 アヴィニョン歴史地区:教皇宮殿、大司教座の建造物群およびアヴィニョン橋 オランジュのローマ劇場とその周辺及び「凱旋門」 ポン・デュ・ガール リヴィエラの冬季行楽都市ニース  イタリア サヴォイア王家の王宮群 20世紀の産業都市イヴレーア マントヴァとサッビオネータ ヴェローナ市街 ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ) パドヴァの14世紀フレスコ作品群 ヴェネツィアとその潟

韓国旅行記概要(2024年2月)

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 2024年2月の旧正月の時期に韓国を三泊四日で訪問した。旧正月の影響を知らずに旅に出て各所で翻弄された旅。現地の祝日は旅人には鬼門と改めて感じた。 慶州は新羅の歴史を感じる雰囲気のある町で大邱は高層ビルが立ち並ぶ都会。かなり久しぶりのソウルは大都会、そして到着地の釜山は空港に寄っただけでよくわからんって感想。 旅ではGoogleマップをよく使うのだが韓国では使い物にならないので慣れないNaverマップで調べて公共交通機関の乗り継ぎを確認しながら旅した。 飯うまい、高すぎない、各所で案内板に日本語が対応しているなど旅しやすい国だ。 色々訪問したい場所ができたので2泊3泊位で気軽に訪問するのにいい国だと思った。 ルートは以下の通り Day1:成田→釜山→金海→慶州 Day2:慶州 Day3:慶州→豊基→大邱 Day4:大邱→京城 訪問した世界遺産 石窟庵と仏国寺 慶州歴史地域(瞻星台、大陵苑) 韓国の歴史的村落(良洞) 南漢山城 山寺、韓国の山地僧院(浮石寺) 書院、韓国の性理学教育機関群(紹修書院) 伽倻古墳群(金海大成洞古墳群) 主な訪問場所の地図(Google Mapのルートが使えないので場所のみ)

明日から韓国へ!

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年始の旅から帰ってきた後に2月に3連休があることに気付いて色々探して韓国に行くことにした 韓国に行くのはかなり久しぶり 以前はソウル近郊だけだったので今回は釜山から入って大邱や慶州を回ってソウルから日本に戻る予定 楽しみだ―

イスファハンからヤズドへバスで移動

 2019年2月にイランのイスファハンからヤズドへバスで移動した。この記事では夜行バスで移動した際の記録とヤズドのバスターミナルから市内へ移動する方法を記載する。 イスファハンの北バスターミナルからヤズド行きのバスはHamsafar、ADL Esfahan、Lavan Nurの3社が運行していた。最初Hamsafarに行ったら今日の夜のチケットは売り切れと断られた。次にADLに行くとまずインフォメーションで奥のカウンターで話せと言われ、奥のカウンターでは何時のバスか聞いて時間を決め、更に奥のカウンターで金を払ってチケットを受け取る。何なのこのたらい回し感。 朝に到着したかったので25時のチケットを22万リアルで購入。時間はまだ19時。まだ6時間もあるのか。 このバスターミナルはかなり広く、バス会社のオフィスの他に土産物屋、レストラン、ミニスーパー、ホテルなどが営業している。 ターミナル内の椅子に座って過ごしていたが23時を過ぎると眠くてかなりしんどくなる。仮に寝過ごしそうになったら起こしてくれるかもと一抹の期待を胸にADLの待合所に移動。椅子で横になって寝ている人がいる。 一人が立ったり座ったりすると足が浮いてガクンとなる建て付けの悪い3人掛けの椅子があり、最初たまたま座ったのだが眠気覚ましに丁度いいやと、時にガクンとなりながら眠気と戦う。 0時50分ようやくバスに乗車できるようになり1番乗りで乗車。2×2の通常のバスの最後列窓側。良く揺れる座席だ。バスはほぼ満員で隣には若い男が座った。10分遅れで出発。眠かったのですぐに意識を無くす。 途中、肩を叩かれ起こされる。警察の検問だった。パスポートチェックがありすぐに返してもらった。そしてまたすぐに眠りに落ちた。 気付くと隣の男がいなくなっていた。ヤズドに到着したのは6時。五時間弱の移動だった。バスターミナル敷地内のターミナル前の道に停車すると乗客がぞろぞろと降りていく。いなくなったと思っていた隣の男は最後列の椅子の後ろのスペースで横になって寝ていたようだ。突然現れたんで驚いたわ。 一旦ターミナルビルに入り、シーラーズ行きバスの時間を聞こうと思ったがすぐに窓口が見つからず断念。ターミナル内で寝ている人が多いので驚いた。 バスターミナルの外に出ると地平線が白み始めていた。 ターミナル内にバス停があったのでそこから路...

イスファハン滞在

 この記事では2019年12月に訪問したイランのイスファハンに滞在した時に訪問した観光スポット、宿泊した宿などについて記載している。 [イスファハン観光] イスファハンはそこそこな大きさの地方都市だ。地下鉄が走り市内に世界遺産がいくつかある。私が訪問した場所の感想など以下に記載していく。 ・エマーム広場とバザール 現地民や観光客で賑わうセパー通りを東に歩き、エマーム広場に足を踏み入れたのは日が沈んだ後の夕暮れ時だった。 広場を囲むバザールの店舗やモスクの灯りが周囲を照らしていた。空は薄紫色から白っぽくなり夜に変わっていく。巣に戻る鳥の大群が遠くに見えた。 エマーム広場に面してモスクや旧王宮などがあるがあまり興味が湧かず入らなかった。エマーム広場で楽しいのは広場を囲んでいるバザール巡りだ。細かい模様が刻まれた銀細工、色とりどりで立体的な皿や壺、細かい刺繍が施されたタペストリーや絨毯など技術が高く芸術品として目を引く、でも絶対買わねーよなって物がずらりと並べられている。 値段は聞いてないけど壺とか皿とか家に飾ったら良いよなと思える品が沢山ある。絶対割れるし、荷物の空きもないから買う気は全く無かったけどね。日本に帰ったらアマゾンで調べてみるか。 エマーム広場では何回かどこから来たか聞かれて日本人と答えると残念そうに離れる人、日本良いなと話を続ける人などそれぞれだ。代官山にイラン人の友達が住んでいるというカーペット屋で働く男に連れられてカーペット屋で世間話。最後はシモネタになるのはお約束か。特に売りつけられることもなくサヨナラ。行かなかったけど歩き方に載っているShahrzadって店のChelo shishlickは一回食べる価値があるそうだ。 広場には馬車がパカパカ走り、観光客が至る所で写真を撮り、ベンチで休む人もいる。ガキどもがボール遊びしていて騒々しい時もある。世界の半分があると言われたサファヴィー朝時代とは変わって現代では古い建物が面している、バザールを見るのが楽しい広場かな。あるのは興味深い商品たち。買わないけどね。 ・マスジェデジャーメ エマーム広場からバザールをずっと歩いて30分程で到着する。向かったのはイスラム教の休日の金曜の午前なので道中ほとんどの店が閉まっていたが、マスジェデジャーメ手前にあるギヤーメ広場の周辺からは営業している店が増えてきた。エ...

テヘランからイスファハンへバス移動

 この記事では2019年12月にイランのテヘランからイスファハンへバス移動した時のことを記載している。都市間移動の他、イスファハンのバスターミナルから市内移動についても記載する。 テヘランの南バスターミナルからイスファハン行きのバスが出ていた。南バスターミナルには地下鉄Payane Jonoob駅と接続している。地下鉄と言ってもこの駅の付近では地上を走るのだが。 地下鉄の改札を出て右手にある地下道を通ると円形の南バスターミナルだ。階段を上がって二階には外周にバス会社のオフィスがあり、内周にはミニマーケットがいくつか営業していた。 時間は10時10分前。10時のバスに乗りたいと出発時間を聞くが英語が全く通じず諦めて適当なバス会社でチケットを買った。VIPバスで48万リアル。 係のおっちゃんに連れられて一階外にあるバスの停まるホームに行くとバスはまだ来ていなかった。少しして既に止まっていたガラガラのバスに乗れと言われる。結構待たされそうだな。 バスは古かったが3列シート。フットレストはない。発車後の飲み物などのサービスはなかった。バス会社の番号は8番(Lavan Nour)。あんまり良くないな。 待っている間に物売りが来て商品を渡してくる(腹の上に放って行く)が戻ってきた際に返せば金は取られない。 10時45分に突如動き始め、バスターミナル周辺では車掌がイスファハンと声をかけて進み、バスターミナルから離れるとドアを閉めて通常運転に。ようやく出発かと思ったら再び南バスターミナルへ戻ってわずかな乗客を乗せて再出発。これが11時過ぎ。数多のバスに乗ってきたが出発してすぐに出発地点に戻るバスは初めてだ。ちょっとしたアトラクションに乗り合わせた気分。途中、乗客を乗せつつ進んでいく。 片側3車線の高速道路に乗る。車窓からは遠くに山と左右には背の低い草がまばらに生えているだけの荒涼とした土地が広がっていた。 出発して1時間45分程度で高速道路を降り、バスが何台か停車している場所で数分停車し客を下ろす。片側2車線の道を30分走りレストランや土産物屋が入っている建物の前で停車し25分の休憩。コム近郊だった。 土産物は壺やらでかいぬいぐるみやら誰が買うねんと言うものから豊富なおもちゃコーナーなど全く欲しいものがなかったのが印象に残る。 この後、所々で停車するが休憩はなし。イスファハ...

テヘラン

この記事では2019年12月にテヘランに滞在した際のことについて記載する。 [観光] テヘランには一泊だけしたのであまり多くの場所には訪問できなかった。私が訪れたのは国立博物館、ゴレスタン宮殿、バザールの3カ所のみ。いずれも宿の近くにあるエマームホメイニ広場から徒歩圏内で楽に回れた。 ・国立博物館 本館と別館で入場料100万リアル。本館だけで良かったのだが別館とのセット価格のみ表示されていた。聞けば本館だけ買えたんだろうか? まずはイスラム化より前の時代の収集品を展示している本館へ。順路は2階から。数万年前の猿人、原人時代から展示が始まる。石器や土器、動物の骨を使った矢尻、土偶などの展示が続く。この階の展示、かなりの量があるが新しくても紀元前3000年より前の物なんだよね。文明発祥の地に近いとそれだけ色々出土するんだろね。このフロアで特に印象に残るのが紀元前5000年代に作られた大きさが1メートル以上ある土器と紀元前3000年代に作られた石の印鑑だ。(往時は粘土に印鑑を捺していたようだ) 日本では出土しないものが多くイランすげーなと。 1階は時代が進みアケメネス朝以前の紀元前600年代~2000年代くらいの土器、印鑑、像、武器などの展示がある。この時代になると動物を模した愛嬌のある土器も作られるようになったようだ。 そして最も見応えがあるのがアケメネス朝時代の展示だ。ペルセポリスから出土したレリーフや牡牛の像が上部に乗った柱、楔型文字が刻まれた大小の石板、王の威光を示す上半身のなくなった像(この像は足のサイズが大きすぎる)、獅子の顔が付いた黄金の杯など印象に残るものが多い。ペルセポリスに行くのが楽しみになった。 パルティア時代の像は顔がギリシャ、ローマっぽくなる。そして最後のササン朝時代はガラスや金属の壷など造形がかなりしっかりして時代の進歩を感じさせる(それでもまだ7世紀だけど) モザイク画が数点あったが人物がペルシャっぽくないなと。 別館はイスラム化以降の展示でコーラン、ペルシア製や中国製の器、繊細な彫刻が施された木製の扉などが展示されていた。イスラム教は偶像崇拝が禁止なので展示に面白みがないんだよな。 ・ゴレスタン宮殿 ここは内部がいくつかエリア分けされていて入る場所に応じて値段が変わる。全部だと370万リアル。私は基本入場料とメインパレスだけにして160万リ...

アルダビールからテヘランへバス移動

 この記事ではイラン北西部の町アルダビールから首都のテヘランへ夜行バスで移動した時のことを記載しています。 エマームホメイニ交差点から町の北にあるバスターミナルにはタクシーで6万リアルだった。(タクシー代は前記事で記載した彼に払ってもらったのだが) タクシー運転手が私が日本人だと知るとキャプテン翼のキャラクターオオゾラツバサやイシザキなどの名前を出してきた。どうやらイランでは登場人物名はそのままらしい(ヨーロッパや中南米では名前が違うのでツバサと言ってもわからない) おしんは?と聞いたらやはり知っていた。おしんのような地味な話が流行ったというのは意外と日本とイランでは価値観が近いところがあるのかもしれない。 バスターミナルには複数のバス会社のオフィスが並んで建っていてテヘラン、タブリーズと男たちが行き先を叫んでいる。時間は15時前。今の時間のバスに乗ると夜中にテヘランに付いてしまうので夜行バスにしようと考えていた。 何社か話を聞いたが英語が通じず苦戦。3社目のオフィスで英語のできる人がいて21時のバスだと朝6時に着くと教えてくれたのでそのバスにする。VIPバスで70万リアル。 町に戻っても良かったが疲れていたので待合室で6時間の待ち時間。到着時は青空が広がっていたが日が傾き、夜になった。ドアが開けっ放しなので結構寒かった。 人が入ってきてバスで出発していくのを何度も見送り、ようやく20時。バスターミナルの端にあるトイレに行って出発準備完了。軽食を売る店もあったがそんなに腹が減っていないので夕食は抜き。 バス会社のオフィスに戻る際、どの会社もテヘラン行きのバスが出るらしくテヘランと大合唱が起きていた。 待合室に戻りパソコンを起動したらおっちゃんがwifiパスワードを教えてくれた。最初から聞いておけば良かったな。 15分前にバスに乗車。新しく三列シートでフットレストもありゆったりしている。10分程遅れて数人しか乗っていないバスは発車した。最初のビスケットと紙パックのマンゴージュースが配られる。その後、通路側の手すりにゴミ捨て用の透明なビニール袋が付けられる。 疲れていたので眠って体力回復だとアイマスクと耳栓をして横になったらシートベルトをつけろと肩を叩かれたのでシートベルトを付けて寝る。途中、何度か停車して人の乗降があったようだがずっと寝ていた。何もない場所で停...

国境の町アスタラからアルダビールへ行き世界遺産のシェイフサフィオッディーン廟を訪問

この記事ではアゼルバイジャンとの国境の町アスタラからアルダビールへ乗り合いタクシーに行き、世界遺産のシェイフサフィオッディーン廟を訪問した時のことを記載しています。 アスタラからアルダビールに行くには乗り合いタクシーが使える。 両替した銀行の近くから両替商のおっちゃんに助けてもらってタクシーで5万リアルで乗り合いタクシー乗り場まで連れて行ってくれた。 白い中型セダンが1台停車していてアルダビールと声をかけられる。運賃は15万リアルとのこと。他に乗客は二人乗っていた。少し待っても客が来ないので一人20万ですぐ出発しないかと言われOKするとすぐに発車した。 同乗者はほとんど英語ができなかったがどこから来たか聞かれ日本と答えると良いリアクションだった。何か現地語で色々聞かれたが良くわからず、人をさしてスマホで数字を入力していて年齢を聞いているのだなと彼のスマホで自分の年齢を入力する。意図が合っていたようだ。 ドライバーの運転は荒くてかなりのスピードを出してぐんぐん車を追い抜いていく。車は峠道に入りぐんぐん高度を上げていく。山道なので景色が良い。道路は綺麗にアスファルトで舗装されていた。 アルダビールに到着する手前に雪をかぶった高い山が見える。かなり飛ばしたお陰かわずか1時間強でアルダビールに到着した。タクシーは町外れに到着しそこで降りる。20万払ったら何故か3万返ってきた。 アスタラからの乗り合いタクシーに町の北の外れで下ろされ、降りたところにいたタクシーの運ちゃんに5万でシェイフサフィオッディーン廟まで行くと声を掛けられたらので付いていくことに。全く情報が無いのでタクシーに頼る。 タクシーを降りて大通りを渡ると、水路のある歩行者専用道路に入る。左にシェイフサフィオッディーン廟があるので途中の道を左に入り入口へ。入場料は80万リアル。支払うと支払った金額とバーコードなどが印字された紙を受け取る。 入場すると毛並みの良い人懐っこい子猫がお出迎え。他にも人懐っこい猫がたくさん歩いていた。猫を優しく扱っているんだろうな。他の場所でも人懐っこい猫はたくさんいたので基本イランの人は猫をかわいがっているんだと思う。 中庭を歩いて先に進むと広場がある。広場に面した建物には青が基調の幾何学模様がタイルで描かれている。天井には丸み...

バクーからアスタラ経由でイランへ入国

この記事では2019年12月にアゼルバイジャンのバクーから鉄道で国境の町アスタラへ行き、陸路でイラン国境を越えた時のことを記載している。アスタラ国境でイランビザは取得できないので事前に取得する必要がある点に注意。 切符は地下鉄駅の隣にある駅で購入する。ホームのある建物では近郊列車の切符だけを販売しているようなので注意が必要。駅に正面から入って少し進んで左手に切符売り場の窓口がずらりと並んでいる。 最初に機械で受付番号の紙を受け取る。オンラインかそれ以外で扱いが違うようだ。もちろん飛び込みなのでサイトで確認などしていない。窓口の上にあるディスプレイに番号が表示されたら番号札を持って窓口へ。 アスタラ行きは23時45分発。乗車クラスはセカンドで上下のベッドは上を選択した。パスポートを渡して名前などを登録してもらう。処理が完了したら金額の書かれた紙を受け取り別の窓口で支払い(8.8マナト)、領収書をもらって窓口に戻るとチケットを受け取れる。 乗車当日は出発の一時間半前に駅へ。2階に待合所があるのでそこで待つ。時刻表を表示するディスプレイがありどうやら国際線はトビリシ、モスクワ、キエフなどに出ているようだ。 待合所のテーブル付きの二人掛けの座席には電源が付いていて便利だ。待合所には何人も警官が常駐していた。斜め前に座っていた小柄で痩せたマリオみたいなちょび髭を生やしたおっちゃんがやたらと人に声をかけていて迷惑だと思われたのか警官に連行されていた。 列車は直前にならないと到着ホームや到着時間がわからない。待合所を出て広場を抜けた所にホームはある。アスタラ行きは3番ホームに入線していた。アスタラの他にもう一つ行き先が表示されていたので途中で切り離されるのだろう。日本で健在のサンライズみたいなものだな。 客車の入り口に立っている係員にチケットを見せ乗れと言われて乗車。乗車後すぐに車掌がいるのでこちらにもチケットを見せてベッドの場所を教えてもらう。ベッドの番号はチケットに記載されていた。4人用コンパートメントで白髪のおっさん2人と20~30代の男性が同室だった。 最初に車掌が検札、その後にビニールに入った枕カバー、シーツ、タオルが配布される。布団や枕は最初から置いてあるので寝る準備はOKだ。 同室の人に声をかけて上段のベッドに上がり寝る支度。焦げ茶色の革張りの寝台で最初から寝られる...

ゴブスタンへ路線バスで向かう

 この記事では2019年12月にバクーから路線バスで世界遺産になっているゴブスタンの岩絵を見に行った時のことを記載する。 宿を出発したのは9時20分頃。地下鉄駅近くのバス停から125番のバスで南へ向かう。市内バスは綺麗で車内に液晶ディスプレイがあり全行程のバス停の一覧と到着までの目安時間が表示されている。このバスに乗るにはバクーカードと呼ばれるICカードが必要だ。地下鉄駅や主要なバス停で自販機から購入可能だ。125番のバスは1乗車あたり運賃は0.4マナトだ。 乗車して25分ほどでBina何とかというショッピングモールの前で下車する。以前はもっと手前でゴブスタン行きバスに乗れたようだが今はこのショッピングセンター横のバスターミナルからの発着になっているようだ。 ゴブスタン行きの195番バスは四つあるロータリーのうちショッピングモールから見て奥から二つ目のロータリーに停車する。バスはボロくて支払いは現金のみ。バクーカードは使えない。 待っていると観光客目当ての自称ガイドが現れゴブスタンまで行って一通り見てバクーに戻って60マナトと声を掛けてくるおっさんがいた。バスを待っているのでこちらが立ち去るわけにはいかんので仕方なく断り続けて10分ほどでやっといなくなった。しつこいわ。 乗り継ぎが悪かったようで1時間ほど待たされ11時10分に出発。乗客を乗せるためノロノロと走り始める。大通りに出ると一気にスピードが上がる。車窓からは黄土色の荒涼とした土地が広がる。背の高い植物はなくてまばらに茶色い草が生えている。道路の山側には線路が並行して走っていて電線が通っていたので電化区間のようだ。 所々に工場、家などがあり、まばらに乗客が乗ってくる。 ゴブスタンの町に入りバスが停まって外から男がゴブスタンの博物館はここで降りろと言ってくる。何だと思って地図を見たがまだ下車するには手前すぎる。どうやらタクシー運転手だったようだ。この後何回も声を掛けられるがmaps.meなどの地図を確認しゴブスタン博物館の最寄りのT字路で降りること。ここでは人の言うことは信じない方が良い。ショッピングセンターからは1時間弱かかった。 歩き始めるとタクシー運転手が何人も声を掛けてくる。博物館まで片道2マナトという奴がいたのでそれならいいやと乗車。地図で見ると車は少し大回りして山側の博物館へ向かう。 道を右...

久しぶりの投稿

思い出して久しぶりに開いてみたらコロナで海外に行けずにモチベーションが上がらず何と3年半放置してた。 去年海外旅を再開したのでボチボチ投稿していけたらいいな。 まずは過去にまとめたけど写真付けるの面倒でハードディスクの肥やしになってる記事を上げるか。 古すぎて参考にならないかもだけど。