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1月, 2024の投稿を表示しています

テヘランからイスファハンへバス移動

 この記事では2019年12月にイランのテヘランからイスファハンへバス移動した時のことを記載している。都市間移動の他、イスファハンのバスターミナルから市内移動についても記載する。 テヘランの南バスターミナルからイスファハン行きのバスが出ていた。南バスターミナルには地下鉄Payane Jonoob駅と接続している。地下鉄と言ってもこの駅の付近では地上を走るのだが。 地下鉄の改札を出て右手にある地下道を通ると円形の南バスターミナルだ。階段を上がって二階には外周にバス会社のオフィスがあり、内周にはミニマーケットがいくつか営業していた。 時間は10時10分前。10時のバスに乗りたいと出発時間を聞くが英語が全く通じず諦めて適当なバス会社でチケットを買った。VIPバスで48万リアル。 係のおっちゃんに連れられて一階外にあるバスの停まるホームに行くとバスはまだ来ていなかった。少しして既に止まっていたガラガラのバスに乗れと言われる。結構待たされそうだな。 バスは古かったが3列シート。フットレストはない。発車後の飲み物などのサービスはなかった。バス会社の番号は8番(Lavan Nour)。あんまり良くないな。 待っている間に物売りが来て商品を渡してくる(腹の上に放って行く)が戻ってきた際に返せば金は取られない。 10時45分に突如動き始め、バスターミナル周辺では車掌がイスファハンと声をかけて進み、バスターミナルから離れるとドアを閉めて通常運転に。ようやく出発かと思ったら再び南バスターミナルへ戻ってわずかな乗客を乗せて再出発。これが11時過ぎ。数多のバスに乗ってきたが出発してすぐに出発地点に戻るバスは初めてだ。ちょっとしたアトラクションに乗り合わせた気分。途中、乗客を乗せつつ進んでいく。 片側3車線の高速道路に乗る。車窓からは遠くに山と左右には背の低い草がまばらに生えているだけの荒涼とした土地が広がっていた。 出発して1時間45分程度で高速道路を降り、バスが何台か停車している場所で数分停車し客を下ろす。片側2車線の道を30分走りレストランや土産物屋が入っている建物の前で停車し25分の休憩。コム近郊だった。 土産物は壺やらでかいぬいぐるみやら誰が買うねんと言うものから豊富なおもちゃコーナーなど全く欲しいものがなかったのが印象に残る。 この後、所々で停車するが休憩はなし。イスファハ...

テヘラン

この記事では2019年12月にテヘランに滞在した際のことについて記載する。 [観光] テヘランには一泊だけしたのであまり多くの場所には訪問できなかった。私が訪れたのは国立博物館、ゴレスタン宮殿、バザールの3カ所のみ。いずれも宿の近くにあるエマームホメイニ広場から徒歩圏内で楽に回れた。 ・国立博物館 本館と別館で入場料100万リアル。本館だけで良かったのだが別館とのセット価格のみ表示されていた。聞けば本館だけ買えたんだろうか? まずはイスラム化より前の時代の収集品を展示している本館へ。順路は2階から。数万年前の猿人、原人時代から展示が始まる。石器や土器、動物の骨を使った矢尻、土偶などの展示が続く。この階の展示、かなりの量があるが新しくても紀元前3000年より前の物なんだよね。文明発祥の地に近いとそれだけ色々出土するんだろね。このフロアで特に印象に残るのが紀元前5000年代に作られた大きさが1メートル以上ある土器と紀元前3000年代に作られた石の印鑑だ。(往時は粘土に印鑑を捺していたようだ) 日本では出土しないものが多くイランすげーなと。 1階は時代が進みアケメネス朝以前の紀元前600年代~2000年代くらいの土器、印鑑、像、武器などの展示がある。この時代になると動物を模した愛嬌のある土器も作られるようになったようだ。 そして最も見応えがあるのがアケメネス朝時代の展示だ。ペルセポリスから出土したレリーフや牡牛の像が上部に乗った柱、楔型文字が刻まれた大小の石板、王の威光を示す上半身のなくなった像(この像は足のサイズが大きすぎる)、獅子の顔が付いた黄金の杯など印象に残るものが多い。ペルセポリスに行くのが楽しみになった。 パルティア時代の像は顔がギリシャ、ローマっぽくなる。そして最後のササン朝時代はガラスや金属の壷など造形がかなりしっかりして時代の進歩を感じさせる(それでもまだ7世紀だけど) モザイク画が数点あったが人物がペルシャっぽくないなと。 別館はイスラム化以降の展示でコーラン、ペルシア製や中国製の器、繊細な彫刻が施された木製の扉などが展示されていた。イスラム教は偶像崇拝が禁止なので展示に面白みがないんだよな。 ・ゴレスタン宮殿 ここは内部がいくつかエリア分けされていて入る場所に応じて値段が変わる。全部だと370万リアル。私は基本入場料とメインパレスだけにして160万リ...

アルダビールからテヘランへバス移動

 この記事ではイラン北西部の町アルダビールから首都のテヘランへ夜行バスで移動した時のことを記載しています。 エマームホメイニ交差点から町の北にあるバスターミナルにはタクシーで6万リアルだった。(タクシー代は前記事で記載した彼に払ってもらったのだが) タクシー運転手が私が日本人だと知るとキャプテン翼のキャラクターオオゾラツバサやイシザキなどの名前を出してきた。どうやらイランでは登場人物名はそのままらしい(ヨーロッパや中南米では名前が違うのでツバサと言ってもわからない) おしんは?と聞いたらやはり知っていた。おしんのような地味な話が流行ったというのは意外と日本とイランでは価値観が近いところがあるのかもしれない。 バスターミナルには複数のバス会社のオフィスが並んで建っていてテヘラン、タブリーズと男たちが行き先を叫んでいる。時間は15時前。今の時間のバスに乗ると夜中にテヘランに付いてしまうので夜行バスにしようと考えていた。 何社か話を聞いたが英語が通じず苦戦。3社目のオフィスで英語のできる人がいて21時のバスだと朝6時に着くと教えてくれたのでそのバスにする。VIPバスで70万リアル。 町に戻っても良かったが疲れていたので待合室で6時間の待ち時間。到着時は青空が広がっていたが日が傾き、夜になった。ドアが開けっ放しなので結構寒かった。 人が入ってきてバスで出発していくのを何度も見送り、ようやく20時。バスターミナルの端にあるトイレに行って出発準備完了。軽食を売る店もあったがそんなに腹が減っていないので夕食は抜き。 バス会社のオフィスに戻る際、どの会社もテヘラン行きのバスが出るらしくテヘランと大合唱が起きていた。 待合室に戻りパソコンを起動したらおっちゃんがwifiパスワードを教えてくれた。最初から聞いておけば良かったな。 15分前にバスに乗車。新しく三列シートでフットレストもありゆったりしている。10分程遅れて数人しか乗っていないバスは発車した。最初のビスケットと紙パックのマンゴージュースが配られる。その後、通路側の手すりにゴミ捨て用の透明なビニール袋が付けられる。 疲れていたので眠って体力回復だとアイマスクと耳栓をして横になったらシートベルトをつけろと肩を叩かれたのでシートベルトを付けて寝る。途中、何度か停車して人の乗降があったようだがずっと寝ていた。何もない場所で停...

国境の町アスタラからアルダビールへ行き世界遺産のシェイフサフィオッディーン廟を訪問

この記事ではアゼルバイジャンとの国境の町アスタラからアルダビールへ乗り合いタクシーに行き、世界遺産のシェイフサフィオッディーン廟を訪問した時のことを記載しています。 アスタラからアルダビールに行くには乗り合いタクシーが使える。 両替した銀行の近くから両替商のおっちゃんに助けてもらってタクシーで5万リアルで乗り合いタクシー乗り場まで連れて行ってくれた。 白い中型セダンが1台停車していてアルダビールと声をかけられる。運賃は15万リアルとのこと。他に乗客は二人乗っていた。少し待っても客が来ないので一人20万ですぐ出発しないかと言われOKするとすぐに発車した。 同乗者はほとんど英語ができなかったがどこから来たか聞かれ日本と答えると良いリアクションだった。何か現地語で色々聞かれたが良くわからず、人をさしてスマホで数字を入力していて年齢を聞いているのだなと彼のスマホで自分の年齢を入力する。意図が合っていたようだ。 ドライバーの運転は荒くてかなりのスピードを出してぐんぐん車を追い抜いていく。車は峠道に入りぐんぐん高度を上げていく。山道なので景色が良い。道路は綺麗にアスファルトで舗装されていた。 アルダビールに到着する手前に雪をかぶった高い山が見える。かなり飛ばしたお陰かわずか1時間強でアルダビールに到着した。タクシーは町外れに到着しそこで降りる。20万払ったら何故か3万返ってきた。 アスタラからの乗り合いタクシーに町の北の外れで下ろされ、降りたところにいたタクシーの運ちゃんに5万でシェイフサフィオッディーン廟まで行くと声を掛けられたらので付いていくことに。全く情報が無いのでタクシーに頼る。 タクシーを降りて大通りを渡ると、水路のある歩行者専用道路に入る。左にシェイフサフィオッディーン廟があるので途中の道を左に入り入口へ。入場料は80万リアル。支払うと支払った金額とバーコードなどが印字された紙を受け取る。 入場すると毛並みの良い人懐っこい子猫がお出迎え。他にも人懐っこい猫がたくさん歩いていた。猫を優しく扱っているんだろうな。他の場所でも人懐っこい猫はたくさんいたので基本イランの人は猫をかわいがっているんだと思う。 中庭を歩いて先に進むと広場がある。広場に面した建物には青が基調の幾何学模様がタイルで描かれている。天井には丸み...

バクーからアスタラ経由でイランへ入国

この記事では2019年12月にアゼルバイジャンのバクーから鉄道で国境の町アスタラへ行き、陸路でイラン国境を越えた時のことを記載している。アスタラ国境でイランビザは取得できないので事前に取得する必要がある点に注意。 切符は地下鉄駅の隣にある駅で購入する。ホームのある建物では近郊列車の切符だけを販売しているようなので注意が必要。駅に正面から入って少し進んで左手に切符売り場の窓口がずらりと並んでいる。 最初に機械で受付番号の紙を受け取る。オンラインかそれ以外で扱いが違うようだ。もちろん飛び込みなのでサイトで確認などしていない。窓口の上にあるディスプレイに番号が表示されたら番号札を持って窓口へ。 アスタラ行きは23時45分発。乗車クラスはセカンドで上下のベッドは上を選択した。パスポートを渡して名前などを登録してもらう。処理が完了したら金額の書かれた紙を受け取り別の窓口で支払い(8.8マナト)、領収書をもらって窓口に戻るとチケットを受け取れる。 乗車当日は出発の一時間半前に駅へ。2階に待合所があるのでそこで待つ。時刻表を表示するディスプレイがありどうやら国際線はトビリシ、モスクワ、キエフなどに出ているようだ。 待合所のテーブル付きの二人掛けの座席には電源が付いていて便利だ。待合所には何人も警官が常駐していた。斜め前に座っていた小柄で痩せたマリオみたいなちょび髭を生やしたおっちゃんがやたらと人に声をかけていて迷惑だと思われたのか警官に連行されていた。 列車は直前にならないと到着ホームや到着時間がわからない。待合所を出て広場を抜けた所にホームはある。アスタラ行きは3番ホームに入線していた。アスタラの他にもう一つ行き先が表示されていたので途中で切り離されるのだろう。日本で健在のサンライズみたいなものだな。 客車の入り口に立っている係員にチケットを見せ乗れと言われて乗車。乗車後すぐに車掌がいるのでこちらにもチケットを見せてベッドの場所を教えてもらう。ベッドの番号はチケットに記載されていた。4人用コンパートメントで白髪のおっさん2人と20~30代の男性が同室だった。 最初に車掌が検札、その後にビニールに入った枕カバー、シーツ、タオルが配布される。布団や枕は最初から置いてあるので寝る準備はOKだ。 同室の人に声をかけて上段のベッドに上がり寝る支度。焦げ茶色の革張りの寝台で最初から寝られる...

ゴブスタンへ路線バスで向かう

 この記事では2019年12月にバクーから路線バスで世界遺産になっているゴブスタンの岩絵を見に行った時のことを記載する。 宿を出発したのは9時20分頃。地下鉄駅近くのバス停から125番のバスで南へ向かう。市内バスは綺麗で車内に液晶ディスプレイがあり全行程のバス停の一覧と到着までの目安時間が表示されている。このバスに乗るにはバクーカードと呼ばれるICカードが必要だ。地下鉄駅や主要なバス停で自販機から購入可能だ。125番のバスは1乗車あたり運賃は0.4マナトだ。 乗車して25分ほどでBina何とかというショッピングモールの前で下車する。以前はもっと手前でゴブスタン行きバスに乗れたようだが今はこのショッピングセンター横のバスターミナルからの発着になっているようだ。 ゴブスタン行きの195番バスは四つあるロータリーのうちショッピングモールから見て奥から二つ目のロータリーに停車する。バスはボロくて支払いは現金のみ。バクーカードは使えない。 待っていると観光客目当ての自称ガイドが現れゴブスタンまで行って一通り見てバクーに戻って60マナトと声を掛けてくるおっさんがいた。バスを待っているのでこちらが立ち去るわけにはいかんので仕方なく断り続けて10分ほどでやっといなくなった。しつこいわ。 乗り継ぎが悪かったようで1時間ほど待たされ11時10分に出発。乗客を乗せるためノロノロと走り始める。大通りに出ると一気にスピードが上がる。車窓からは黄土色の荒涼とした土地が広がる。背の高い植物はなくてまばらに茶色い草が生えている。道路の山側には線路が並行して走っていて電線が通っていたので電化区間のようだ。 所々に工場、家などがあり、まばらに乗客が乗ってくる。 ゴブスタンの町に入りバスが停まって外から男がゴブスタンの博物館はここで降りろと言ってくる。何だと思って地図を見たがまだ下車するには手前すぎる。どうやらタクシー運転手だったようだ。この後何回も声を掛けられるがmaps.meなどの地図を確認しゴブスタン博物館の最寄りのT字路で降りること。ここでは人の言うことは信じない方が良い。ショッピングセンターからは1時間弱かかった。 歩き始めるとタクシー運転手が何人も声を掛けてくる。博物館まで片道2マナトという奴がいたのでそれならいいやと乗車。地図で見ると車は少し大回りして山側の博物館へ向かう。 道を右...

久しぶりの投稿

思い出して久しぶりに開いてみたらコロナで海外に行けずにモチベーションが上がらず何と3年半放置してた。 去年海外旅を再開したのでボチボチ投稿していけたらいいな。 まずは過去にまとめたけど写真付けるの面倒でハードディスクの肥やしになってる記事を上げるか。 古すぎて参考にならないかもだけど。