南仏を弾丸移動!ニーム・アビニョン・オランジュ・アルル・マルセイユ・ニース・モナコを観光

2026/06/10

カタルーニャ・南フランス・北イタリア旅行記 フランス モナコ

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 2023年12月~2024年1月に訪問したスペイン→フランス→イタリアの振返りの2回目。この記事ではカルカソンヌからニーム、アヴィニヨン、オランジュ、アルル、ポンデュガール、マルセイユ、ニース、モナコの観光情報やバス・鉄道情報を掲載しています。

※この記事は2023年12月~2024年1月の情報です。1ユーロ≒157~159円

ニーム観光

朝早くに鉄道でカルカソンヌからニームへ移動。

ニームはフランス南部にある都市。紀元前4000年頃より人が居住し紀元前2世紀にはローマの属州になり都市が建設された。現在も多くのローマの建物が市内に残っている。その中でも神殿のメゾン・カレは世界遺産に指定されている。

ニームでは宿泊せず徒歩で街歩き。移動遊園地、新しい街の中に突如ローマ遺跡が出現するギャップに円形競技場は今でもイベントで使われているというのは素晴らしい&ローマ人の建築技術凄すぎやろと思うのです。

アヴィニヨンと近郊を観光

ニーム散策に満足して再び鉄道でアヴィニヨンへ!

アヴィニヨン観光

アヴィニヨンはフランス南部の町。紀元前6世紀にギリシア人の小さな交易都市として建設され紀元前2世紀後半にローマの支配下へ。ローマ帝国崩壊後、暗黒期を経て14世紀に約70年間ローマ教皇庁が置かれた時代に最も輝いた。旧市街はアヴィニョンの歴史地区として世界遺産に指定されている。教皇宮殿や教会など教皇庁が置かれた時代の建物も多く残されている。

旧市街の宿が高くて城壁の外の住宅街にある民泊に泊まって数十分歩いて旧市街や駅まで行ったのを思い出すな。

教皇庁は入場料12ユーロ(情報端末込)。場内の説明版は全てフランス語。全員に貸与される情報端末を見る前提だからだとは思うが英語は書いてもいいんじゃない。

アヴィニヨンには2泊して近郊のオランジュ、アルルとローマ時代の水道橋ポンデュガールを訪問した。

オランジュ観光

アヴィニヨンからオランジュへはバスで移動。カードが使えず珍しく現金を使った。

オランジュはアヴィニヨンの北約20kmにあるフランス南部の町。紀元前1世紀にカエサル率いるローマ軍がガリアを征服後にローマ都市が建設された。5世紀に西ゴート族に侵略されるまでローマ都市として栄え、その時代に建てられた建物が今も残りオランジュのローマ劇場とその周辺及び凱旋門として世界遺産に指定されている。

アルル観光

オランジュからアルルへは鉄道で移動した。

アヴィニヨンから南西約30km、オランジュからは約50kmあるフランス南部の都市。紀元前2世紀にローマに征服されガリヤなどの征服の拠点となった。ローマ時代の建物/遺構は今も町に残されていて世界遺産アルル、ローマおよびロマネスク様式の建造物群になっている。

小さい駅から旧市街までは徒歩約10分。共通券を購入し街歩き。

旧市街はコンパクトにまとまっているが博物館が少し離れた場所にある。

ポンデュガール観光

ポンデュガールは1世紀に建てられたローマ時代の水道橋。世界遺産に指定されている。

アヴィニヨンから日帰りでバスを利用し訪問した。このバスは現金払いのみだった。オフシーズンはバスが運行していないという情報があったが本数は少ないものの運行していた。

バスで到着して少し歩くと入場ゲートがありそこから入って更に歩くと巨大な橋とご対面。2000年を経ても未だほぼ形の残る姿にローマ建築の偉大さを改めて感じる。ホント思うけど長期利用の観点だと現代よりローマ建築の方が絶対上だよね。

マルセイユ観光

2023年の大みそかは午前中にポンデュガール。そして午後に移動。まずはアヴィニヨンからマルセイユへ廉価版TGV(鉄道)で移動する。これがフランス高速鉄道デビュー。高速鉄道は早いし乗り心地が良い。

マルセイユの滞在時間はわずか。海まで行こうと思ったが時間が足りず断念。駅から坂を下りきったところで再び駅へ別ルートで上り返した。

ニースと近郊を観光

マルセイユからニースへはバスで移動した。マルセイユのバス停は駅のすぐ隣でわかり易い。到着はニースの空港。空港からはトラムで移動するが空港発だと高いチケットしか売っていないので1駅歩いてそこの券売機で買えば安い乗車券が買える。

2024年はニースの安宿のドミトリで寝て意識のない中で年越し。ニースには2泊してニースの他にモナコを日帰りで観光した。

ニース観光

ニースはフランス南東部にある都市。地中海に面し周辺はコートダジュールと呼ばれる高級リゾート。リヴィエラの冬の保養都市ニースとして世界遺産に指定されている。紀元前4世紀には都市が建設され貿易港として栄えていたそうだ。時代に応じて支配者を変え、フランスに帰属が確定したのはナポレオン3世の治世の1860年。

ニースは都会でヨーロッパらしい町並みに石浜の海岸線が印象に残る。

モナコ観光

モナコは地中海に面した小国。タックスヘイブン、カジノと小国ながら裕福な国。日本だとモナコの名を冠したパチンコホールが一定数ある印象。紀元前6世紀にギリシア人の植民都市モノイコスが建設され後にローマの支配下へ。ローマ滅亡後は支配者をいくつか変え1860年代初頭に独立。第二次大戦中イタリアに侵略されたが戦後独立を回復した。

2024年の元旦はニースからモナコへバス移動。ニースのバス乗場が少しわかりにくかったが地図アプリで確認しつつ対応。

最後に

この記事では南仏の弾丸移動して2024年を迎えた。次の記事ではニースからイタリアのトリノへ向かい。北イタリアを弾丸移動する様子をまとめる予定だ。

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